「マリー・トランティニャンは女優だった。悲しい事件が起こったからといって公開を中止にしてはいけないと思った」サミュエル・ベンシェトリ監督&クリストフ・ランベール:インタビュー
昨年8月、女優のマリー・トランティニャン( Marie Trintignant )が恋人に殴打され、41歳の生涯を閉じた。既に撮影済みだった映画の、完成したフィルムを見ることはなかった。
「Janis et John / 歌え!ジャニス・ジョップリンのように 」――マリーの遺作になった作品タイトルである。監督のサミュエル・ベンシェトリ( Samuel Benchetrit )はかつてマリーと結婚生活を送っていたこともあり、本作も妻に捧げられたものだった。ジャニスに感化され、退屈な毎日から抜け出していく主婦。それが彼女の役どころだ。劇中にはジョンのそっくりさんも出てくる。ジャニスとジョンの妄信的な崇拝者も出てくる。映画祭上映時に観客を熱狂させた本作、来日ゲストのベンシェトリ監督、クリストフ・ランベール( Christophe Lambert )にインタビューした。
――監督ご自身、ジョンとジャニスの熱烈なファンなのでしょうか?
サミュエル・ベンシェトリ監督 熱烈、というわけでもないかな。というのも一番最初にあった構想はジョンでもジャニスでもなくて、「既にいない人物をスクリーンに出してみよう」ってことだったんだ。そう考えた時、まず先にジョン・レノンが浮かんだ。レノンはいうまでもなくシンガーとしてだけではない、社会的な影響力も大きい。丸メガネを始めとした独特のスタイル、存在そのものがカリカチュアのような人物だ。
そういうわけでジョンが決まり、次に彼に相応しい、エネルギッシュな白人女性は誰かと問い掛けてみた。ジャニスだ。彼女以外には考えられなかった。
――ジョンとジャニスの曲を使うとなると、通常、莫大な著作権料がかかるはずですね。
サミュエル・ベンシェトリ監督 もちろん(笑)。最初の計算ではものすごく高くつきそうだった。しかも、映画で使うことを禁止された曲もあったしね。
けれど、ラッキーなことにシナリオを読んだオノ・ヨーコがタダで貸してくれると言った。(劇中でマリーが熱唱する)『コズミック・ブルース』もジャニスの妹の許可が出た。こうしたことを受けて、劇中で使われるほかの曲、クラッシュとかフーとかもね、
かなり安く借りることができたんだよ。
クリストフ・ランベール そういえば、面白いエピソードがあったじゃないか。この映画は去年の10月15日にフランスで公開されたんだけど、同じ時期にポール・マッカートニーがツアーでパリに訪れていたんだ。で、この映画のポスターを見て、ジョンの名前を見て、『コイツは誰だっ!』ってびっくりしていたらしい(笑)。
――ジョンとジャニスを狂信的に崇拝する青年レオンにクリストフ・ランベール。起用の理由は?
サミュエル・ベンシェトリ監督 クリストフの役は何もレオンにこだわっていたわけじゃない。彼は何でも出来る人だからね。僕は基本的にオーディションで選ぶというのが嫌いで、シナリオを書き始める前に何人かの役者に会い、そのイメージでキャラクターを膨らませていくタイプだ。そういう意味でレオンはクリストフと作り上げていった人物といってもいいと思う。クリストフも夢見る人だしね(笑)。
――ランベールさんに。役作りのため、知人を参考にしたとか。
クリストフ・ランベール インスパイアされたっていうのは大げさかもしれないんだけどさ(笑)。高校の頃、休み時間になると箒をクルクル回して走り出す生徒がいたんだよ。「なぜ、あいつは毎日あんなことをするのか?」と誰かに聞いたら「LSDの過剰摂取さ」と言われた。それがなんとなく頭の中に残ってたんだね。今回の役を聞いて、そいつのことを思い出したよ。
――ちなみにあなた自身、彼のように崇拝するモノ、人はいますか?
クリストフ・ランベール ないね。(監督が横で「可愛い娘がいるじゃないか」と囁くが)・・・、あー、そりゃあ、娘のことは情熱的に愛してるよ。でも、だからといって崇拝してるわけじゃないからね(笑)。うーん、でも、自分のヒーローと崇めたてるまでではないにしてもフランスのバンドデシネは大好きかな。それに、タンタンも好きだし、星の王子様も好きだ。アインシュタインも好き。要は大人になっても子供の心を失わない人間が好きなんだ。
―― 本作はマリー・トランティニャンさんの遺作になりました。ジャニスに扮する妻の役はやはり、彼女を想定して書かれたそうですね。映画完成直後にあの悲しい事件が起こってしまったわけですが、当初は公開を見合わせようとも思ったとか。予定通りの公開を決意したその理由は?
サミュエル・ベンシェトリ監督 そう、確かにこのニュースを聞いたときは公開を見合わせようと思った。僕がリトアニアの病院についた時、彼女は死の淵をさまよっていたんだよ。だけど、ジャン=ルイ(マリーの父、本作にも出演: Jean-Louis Trintignant )は「これまで通りに。ノーマルな形での公開が望ましい」と強く言ったんだ。正直、僕には彼の言うことがわからなかった。けれど、僕は彼のことをとても尊敬していたから無条件で承諾した。
今になってわかったね。あの事件は起こってしまったけれど特別なことと考えてはいけない、予定通り公開することで例外的なことを作り出したくなかったんだと。マリーは羞恥心が強く、自分のことで騒がれるのが嫌いな人ではあったけれど、彼女は女優だった。僕は映画作家で今回、たまたまこういう事件が起こったけれど、これからも映画を撮り続ける気がある。家を作る大工が建設中に誰かが亡くなってしまったとしても、だからといってもう家を作るのはやめよう、とは思わないよね。それと同じなんだと考えている。
――女優としてのマリー・トランティニャンさんはどんな人でしたか?
クリストフ・ランベール 共演者としてすごくやりやすい人だった。とても自然で、寛容、相手に与えようとする誠意に溢れた人だった。才能のある人と仕事をするとき、僕らは努力する必要がなくなる。どんなにたいへんな現場でも愚痴をこぼしたり、騒ぎ立てたりしない。才能のある人はそんなことを言わないし、もっとシンプルだ。マリーはそういう女優だった。
(取材・記事構成:M・T)