今年のフランス代表団の団長は、最新作『斧』を携えて来日した世界的な巨匠コスタ=ガヴラス監督:インタビュー
今回、フランス代表団の団長を務めるのは、『Z』『告白』『戒厳令』『ミッシング』等で知られる社会派の巨匠コスタ=ガヴラス( Costa-Gavras )監督。オープニング作品の『 Le Couperet / 斧 』は、アメリカの人気作家ドナルド・E・ウェストレイクのベストセラー小説を監督自らがジャン=クロード・グランベールとともに脚色して映画化したクライム・ムービー。フランスでは今年の3月に封切られたばかりの最新作だ。
Q=今回、団長を引き受けられた経緯は?
A=ユニフランス会長のマルガレート・メネゴーズ( Margaret Menegoz )さんから会いたいという旨のお電話をいただきました。それでお会いしたところ、団長の件の依頼だったのです。“団長”とは、ずいぶん大仰だけれど、一体何をしたらいいのかなと私は訊ねました(笑)。すると、まずは映画の紹介を幾つかしなければならない。そして幾つかの記者会見にも臨んでほしいとのことでした。そこで私は「映画に関することならば、喜んでお引き受けしますよ」とお答えしたわけです。
Q=前回の来日は『 アーメン 』が上映された2002年のフランス映画祭でしたね。
A=ええ。今回で6回目の来日です。最初に来たのは35年ちかくも昔のことですが、その頃に比べると、日本はずいぶん変わったなと感じています。とても活気を帯びてきましたし、経済的にも社会的にも健全で、より強固になった気がします。また最近、欧米で日本映画を観る機会が増えたことも嬉しいですね。と言うのも戦後一時期の日本映画の活況と、最近の活況の間には、少しばかりブランクがあったように思えますから。
Q=『斧』は、監督が今まで手掛けてきた作品とは趣向が異なった上、娯楽色も強くなっていますね。今回、この小説を映画化なさろうと思った理由は?
A=私たちが生きている時代が変わってきたからです。私にとって映画というのは、自分が生きている社会のメタファーです。つまりフランスおよびヨーロッパの社会を描くということです。この原作小説は15年ほど前のアメリカの社会状況を背景にしていますが、こうした状況が、とみに最近ヨーロッパでも現実化してきています。それがこの原作を映画化したかった大きな理由です。今回は犯罪小説のジャンル映画という形でアプローチしましたが、この小説がブラックユーモアに満ちながらも現実を見据えている点に惹かれました。拝金主義がはびこっている今の時代は、人間性よりも経済の方が重視されている気がします。そこで現実をもとにしたフィクションを作ることにしたわけです。ただし舞台はアメリカではなくヨーロッパに移してね。
Q=社会のメタファーと伺って納得したのが、映画の中に頻繁に登場する様々な“広告”の存在と挿入の仕方です。実に印象的な使われ方でしたが、それらは現実を映す鏡であり、今のヨーロッパ社会を象徴しているわけですね。
A=その通りです。現代社会において私たちは、広告を介して様々な情報を得ています。そして映画では広告を通して主人公の欲望もうかがい知ることができます。広告は次から次へと主人公の目に入ってきますが、失業中の彼はそれらを買うことはできない。それが彼のフラストレーションを強めていくわけです。また女性の体を使った広告もたくさん登場しますが、理想の女性をオブジェのように取り扱った広告は現実にも氾濫しています。今いった理想とは男性にとってはという意味で、頭脳ではなく肉体のこと。つまり男性の欲望に訴えかけているのです。警察がきた時の主人公の娘の対応もまさにそうです。彼女は自分の魅力的な体を見せることで、相手を惑わし意識を逸らさせるのですが、それは広告の影響を受けた結果といえるのです。
Q=脚色はジャン=クロード・グランベール( Jean-Claude Grumberg )氏との共同ですが、どこにポイントを置いて脚色したのですか?
A=原作の主人公は暴力をふるうことが次第に快感に変わっていき、暴力的な喜びを楽しむ節がありますが、その様に描くのはやめようと決めました。主人公には暴力的なところもあるけど、観客がだんだん彼に同情するというか、共感できるような人物にしたいとグランベールに提案しました。観客たちが、何故自分はこの殺人者に共感できるんだろうかと自問できるような展開にしたかったのです。その答えは観客自身が見つけていくと思いますが、映画作家である私としては、観客がそうせざるを得ない状況を提示したいと思いました。
Q=殺しのリストに挙がったライバルの1人、デパートの紳士服の売り子は、原作では主人公に殺されて行方不明となり、その結果、警察は彼を一連の殺しの犯人だと見なします。一方、映画の中の彼は首を吊って自殺するのですが、その場面は描かれていません。それも今仰った過多な暴力描写を避けたからなのですね。ですが、原作との大きな違いは何と言っても、ラストの謎の女性の出現です。しかも新たな物語の展開がありそうな終わり方でしたね。
A=仰る通りです。原作小説は、主人公は自分が求めていた職に就くことに成功して終わります。ですが私は映画に、もっと継続感を与えたいと思いました。何か獲物を狙う側に立った場合、必ず自分よりもずっと強い猛者が現れるのが世の常なんですよ(笑)。決してNo.1にはなれないのです。これも、誰もが No.1になりたがる現代社会のメタファーなんですよ。
Q=その新たなる猛者が女性だというのがミソですね。
A=今の男性社会において女性は、男性と同じ仕事をこなしても同等の評価と報酬を得ることは難しいですよね。なので敢えて女性を登場させたわけです。
Q=主人公を演じたジョゼ・ガルシア( José Garcia )と彼の妻役のカリン・ヴィアール( Karin Viard )さんの起用理由は?
A=カリン・ヴィアールは今フランスで活躍している女優の中でも一番優れた女優だと思います。前々から起用したいと考えていましたので、今回の妻役は彼女を想定して執筆したほどです。ジョゼ・ガルシアは素晴らしい特質を持っています。喜劇俳優は観客の反応によって自分の演じている人物をどんどん変えていくのが普通なんですが、彼は1人の人物をずっと演じていける“継続性”を持っています。ある人物のロジックを決めたら、彼は最初から最後までその人物の本質を維持しながら演じることができるのです。これは普通の喜劇俳優にはなかなかできないことです。ジョゼ・ガルシアはシリアス劇にも幾つか出演していますが、今言った長所を生かしています。それに彼は、私が過去に一緒に仕事をしたジャック・レモンに似ていたことも気に入りました(笑)。
Q=今年のカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールに輝いたベルギーのダルデンヌ兄弟( Luc Dardenne / Jean-Pierre Dardenne )が共同プロデューサーに名前を連ねているのが意外でした。オリヴィエ・グルメさんの起用はこの関係からですか?
A=この映画の舞台がフランス、ベルギー、ドイツに跨っていたため、撮影もそれらの国々で行っています。それをスムーズに行うために共同製作者を探していました。私はダルデンヌ兄弟を以前から知っていましたし、彼らの作品も大変気に入っていたのでシナリオを読んでもらったところ、共同製作者の任を快く引き受けて下さったのです。オリヴィエ・グルメ( Olivier Gourmet )の配役は、その話の前に既に決定していました。私は彼の演技力を高く評価していましたから。それにもう1人、デパートで紳士服を売る男を演じたウルリッヒ・トゥクール( Ulrich Tukur )も素晴らしい俳優です。私は気に入った俳優を見い出すためには世界の何処まででも行く覚悟があります。例えフランス語が話せなくてもOKです。もし日本にイイ俳優がいたら出演をお願いするかも知れませんよ(笑)。
(KIKKA)