『ワーズ・イン・ブルー』アラン・コルノー監督へのインタビュー。
文学作品の映像化に定評のあるアラン・コルノー( Alain Corneau )監督。新作『 Les Mots Bleus / ワーズ・イン・ブルー 』では、心に傷を持った男女の愛を、70年代のヒット曲「青い言葉」に乗せて静かに描いた。そこに込められたメッセージとは?
Q:この作品を撮影された経緯は?
A:ドミニク・メイナールという女性が書いた小説ですが、初め、私が読んだのではなく、プロデューサーが読んで雷に打たれたようになったと言ってすすめてくれました。彼女は、私と仕事がしたいということで、話を持ってきたんです。でも、当初は乗り気ではありませんでした。それで彼女は、まず女優のシルヴィー・テスチュ(
Q:多くの監督に同じような質問をすると、“原作が大好きだった”とか“物語に惹かれた”とおっしゃる方が多いのですが、初めは乗り気ではなかった作品を撮影し、結果的に作品が成功しているというのは珍しいケースですね。
A:そうですね。まず、原作ではラブ・ストーリーというのが重要なテーマになっていますね。そして、感情について良く描かれていますし、子供が登場し、現実と非現実も同時に進行します。そういった素材が物語を上手く構成していますが、最終的に撮影する気になったのは、そういったスタイルや物語の進め方が気に入ったからと言えるでしょう。その文学的なスタイルを、映画の言語に置き換えるという挑戦に興味を抱いたのです。
Q:物語も素晴らしいですが、歌が印象的です。歌からもインスパイアされたとのことですが、原作と歌とをどのように結びつけたのでしょうか?
A:映画のタイトルは原作とは違います。原作には「彼らの物語」という題がつけられていました。二人の恋愛にだけ焦点をあてることはやめたので、タイトルを変えました。歌は、15年ほど前に大ヒットした曲。この音楽からインスピレーションを受け、タイトルを“Les Mots bleus”(直訳すると“青い言葉”)としました。その歌で伝えているのは、愛に重要なのは言葉ではないということ。言葉は、コミュニケーションに役立ちますが、嘘をつくことで人も裏切ります。青い言葉というのは目で見える言葉。映画を制作する上では、いつも音楽を大事にし
ていて、今回も、常に歌からインスピレーションを得ていたのです。
Q:物語を読んだときに、すぐその曲を使うことを思いついたのですか?
A:いいえ、仕事をしているうちに思いついたのです。幸い、私は撮影の前に音楽を決めているんです。作品作りに音楽は影響しますから。撮影所で仕事をする上で、雰囲気作りにも役立ちますし、例えばカメラ、人物が移動するときのリズムにも影響します。編集の仕上がりも変わってきます。私の考えでは、映画は音楽と非常に近い。感情とテーマとライトモチーフがありますから。ライトモチーフとは、ワーグナーの音楽用語で、同じテーマのシーンのときは、同じ音楽を使うというもの。例えば、女性が怖がって愛を拒否する場面が何度も出てきますが、そういったときにライトモチーフが生きてきます。全く同じではなく、同じベースでアレンジがある曲を使います。
Q:作品全体のトーンが統一されていて、俳優たちのリズムが音楽のリズムと合っている理由が良くわかりました。そういう秘密があったんですね。
A:音楽においては、違う楽器が同じリズムを奏でて調和を生まなければなりません。それと同じです。例えば、この物語で重要な小さな女の子。彼女は、話しません。沈黙しますが、音楽においても沈黙は非常に大事です。休止符はとても大切なのです。アジアの音楽についてもそうですが、得にお能などはそうですね。静かな時間がとても長い。それは西洋音楽よりもはるかに顕著です。
Q:音楽と映画の類似点は多いですね。
A:音楽もいつも同じものでなく、積み重なって音ができていくもの。ですから、使われている歌も、最初からすべてが現れるのではなく、少しずつ断片的に流れます。全部がわかるのは最後の場面です。最初はほんの少しだったでしょう?
Q:そう考えると、俳優も楽器のようなものですね。
A:私はとても近い存在だと考えていますよ。ですから、違う俳優を使えば、作品はまったく別のものになる。例えば、作曲家が曲を生み出しますが、どういう演奏家がどのように演奏するかで、音楽は変わっていきますからね。
Q:イメージを実現させてくれる女優、シルヴィー・テスチュには絶大な信頼を寄せているわけですね。監督から見た彼女の魅力は?
A:まず、多様性がすごくあります。精神的にも肉体的にも。例えば、30歳にも、15歳にもなれるのです。そして優美、とても気品のある方なんです。感情を表すのがとても上手いのですが、すべてをさらけ出すのではなく、内に秘めたまま痛みを表すことができる。子供をただ見ているシーンでも、心では何を思っているかというところまで表現できます。
Q:子役の少女も印象的でしたね。
A:見つけるのがすごく大変だったんです。でも、それがこの映画の魔法といえる部分でしょう。撮影が始まっても、まだ探していたんですが、本当にある日突然彼女を見つけました。映画みたいですが、彼女が部屋に入ってきたときに、“この子だ”と思いましたよ(笑)。すごくしっかりしていて、ノスタルジックで、悲しみを抱えた強い視線を持っていました。登場人物の中では、彼女が一番大人であるというところを表現できましたね。
Q:彼女の役とは対照的に、人間の言葉で歌を歌う鳥が登場します。鳥は何を象徴しているのですか?
A:子供たちの世界を象徴しています。原作では、鳥と接触するシーンがもっと多く登場します。かごの中だけでなく、外にも出ますし、別の鳥ですが海辺のシーンにも出てきます。でも、どこにいるかということは問題ではなく、自由の象徴のようなもの。ですから、鳥の歌声をはじめて聞いた男が、そこで初めて、なぜ少女が話をしないかに気づくのです。
Q:その男性を演じたセルジオ・ロペス( Sergi López )という俳優をどのように見ていますか?
A:彼については、早い段階でキャスティングしました。いろいろなシチュエーションを演じ分けられる人です。シルヴィーの役は内に閉じこもった役ですが、同じ苦しみを抱えていてもセルジオの役はオープンです。それが対照的ですね。彼も傷を持っていて、大人になりきれない。ですから、そういったことをすべて演じてくれる人なんです。彼はスペインのカタロニア出身で、フランス人よりオープンです。そんな点が魅力ですね。特に子供たちに対して魔法のような力も発揮しました。登場したのは本当の聾学校なのですが、手話を使って、生徒たちみんなとすぐに友達になってしまったんです。
Q:あの手話も流暢で見事でしたね。
A:手話は演技の中でもひじょうに印象的なものですね。言葉と違った表現方法で、シンボリック。ロマンティックで振り付けのようなんです。それを知ると、聾唖の方々は、耳が不自由な人なのではなく、感覚を共有している人なのだとわかります。世界に順応できない人たちではないですから。彼らの中では、コミュニケーションは非常にスムーズ。違う言語を使う私たちの方が、よほど大変ですよね(笑)。ですから、コミュニケーションにおいて、言葉を持つことはいいことばかりとは限りません。嘘も生まれる。コミュニケーションの一部でしかないんで
す。それより、心や目で話すことが大切ですね。
Q:それでも、脚本だけでなく台詞についても原作者のドミニク・メイナールとともに執筆し、言葉を大事にされていますね。
A:まず、ドミニクが書いた脚本を一緒に検討し、原作の中のダイアローグをできるだけキープするようにしました。監督の中には、原作を無視して勝手にやってしまう人もいますが(笑)、今回は映画と原作を比べていただければわかりますが、本の中と台詞はほぼ同じです。そこから映像を作り上げるというだけで、私には十分でした。
Q:先ほど、言葉があるから嘘が生まれるとおっしゃっていましたが、そういった欠点のあるものだけれど、大切なものでもあるということですね。
A:そうですね。その複雑さこそ、シルヴィーが演じたクララに生じている問題なんです。彼女は男性に裏切られて、捨てられる。きっと嘘もつかれていて、それゆえに自分の殻に閉じこもり、成長できずにいる。自分の子供も傷つけたくないため、外に出したくないと思っているのです。普通は子供が大きくなると、自分から巣立っていきますが、それを恐れているのです。ですが、大きな愛によってのみ、人生の恐れや不安は取り除かれる。愛の世界は1+1=2ではなく、1+1=1でなければいけません。したがってやはり信頼することが必要となってくるのです。私自身は“信頼”を信じていますよ。
横浜 フランス映画祭 - 2005 / 日本
(取材・文:牧口じゅん)