「これはある意味女性が自立して自由になるお話」短編映画『 キッチン 』アリス・ウィノクール( Alice Winocour )監督インタビュー。
オマール海老を料理しようと奮闘する主婦を描いた『キッチン』。本人はいたって真剣でも、傍から見ると極めて滑稽なその姿に思わず何度も吹き出してしまう。そしてその笑いの中で、人間の内側に潜む陰湿な部分をも描くという、“コメディ”というくくりだけでは語りつくせない味わい深い作品でもある。手掛けたのは、初監督を務めたアリス・ウィノクール。本年度のカンヌ映画祭短編コンペティション部門にも出品された本作について、彼女に話を聞いてみた。
―― 初日から舞台挨拶、Q&A、大学の講演と大忙しでしたが、初来日の感想はいかがですか?
「念願の日本に来れたのですが、まだあまり外に出ていないんです…(笑)。日本という遠い国で私の作品をたくさんの人に見てもらえてとても嬉しいですね」
―― 作品のアイデアはどこから?
「これはある意味女性が自立して自由になるお話なんです。オマール海老を殺すことによって、主人公は終わりかけていた夫との関係から解放される。ですからこの作品は滑稽な部分がある一方、メランコリーで悲しい面もあります」
―― Q&Aで、「どの時代がわからない設定にした。でも専業主婦が登場するので50年代くらいに感じるかな」とお話されていましたね。
「あまり社会的な側面を全面に出そうとは思わず、時代を超越しているように撮ろうと。なので家の中は極力フランスっぽさを出さず、どこの国かわからないものにしました。状況設定をぼかすことで、アングロサクソン的な雰囲気を出したんです」
―― 撮影中に大変だったことは?
「特に難しいということはありませんでしたね。主役の女優、エリーナ・ローウェンソーン( Elina Löwensohn )さんの持つ魅力が作品の雰囲気をより多国籍にしてくれましたし。彼女はアメリカのカルト映画が大好きで、ジュード・ロウの『クロコダイルの涙』にも出ているんですが、ルーマニア出身で、アメリカへ渡り、フランスに来て世界中を動いてきた方なんです。そういった彼女のたどった道が作品に不思議な雰囲気を出すのに一役買っていました。あと、やっぱりオマール海老を撮るところは難しかったですね(笑)」
―― 主人公はあの手この手でオマール海老と格闘しますが、これは監督の実体験がもとに?
「いいえ(笑)!私は外に食べに行くことが多くて、料理をあまりしないんです。暴力的なお料理シーンにショックを受ける方がやはりいらっしゃるのですが、 “状況に応えられないことに対する答え”ということでああいうシーンを登場させました。レシピは本当にあったものを使っています。もともとは夫を殺すストーリーを撮ろうと思っていて、一方で滑稽な映画も撮りたかった。そこでちょっと回り道にした方法でバイオレンスを描こうと考えて、“料理”を思いついたんです。この作品は、ある意味ではヒッチコックの描く家庭内で起こる悲惨なドラマ、惨状とも言えますね」
―― ツァイ・ミンリャン監督の影響を受けているとか。彼に惹かれる理由は?
「彼のミニマリズムというか、日常生活を分解していくところです。それとコミカルだけれどとても自然なところも好きですね。例えば数日前に見た映画で、男性が立ちションをするシーンが出てきたんですが、それが異様に長くて(笑)。でも長いからこそリアルな感情を出していたんです。私の作品でもオマール海老をうまく料理をできなくなって戦っていく。それが逆にコミカルになって滑稽になっていくのも、そういうことなんだと思います」
―― 次回作の予定は?
「今、ラブストーリーを準備中です。今までのスタイルをキープしたまま、コメディ要素を盛り込みながら登場人物の感情のひだを描いていこうと思います。このスタイルは今後も続けていきたいですね」
(取材・記事:yamamoto)