パリ。北停車場からほど遠からぬところ、サン・マルタン運河にそった石畳の町。運河には閘門があり、また山形に高くかけた橋がある。運河にそって細 長い小公園もある。自動車もほとんど通らない。パリの市中とも思えないほど静かなこの界隈に北ホテルがある。ホテルのお客は小市民諸君である。その晩、北 ホテルの食堂はにぎやかであった。小公園の番人マルタヴェルヌの娘リュセットがその日初聖体を受けたので、そのお祝いのささやかな宴会である。そこへ若い 男女が一夜の宿を乞うた。女中ジャンヌが二階の一室へ案内する。若いピエールとルネは思いあまって心中を企てたのである。男は失業しているし、よるべない 孤児のルネはピエールの外に頼る人もない。ピエールは最後の金でピストルを買ったのである。最後のキスを交して男は女を射った。あけに染ってベッドに倒れ た恋人の姿を見ると、男はぼう然として銃口を己れの胸に擬するすべもない。銃声を聞いて隣の部屋の男が入って来た。四十がらみのその男は若い殺人者を取っ ておさえようともせず、目顔で逃げろと教える。つかれたようにピエールは表へ飛び出し、公園のしげみにピストルを捨てて走り出した。北停車場に近い陸橋の 上から、走って来る貨物列車めがけて身を投げようとしたが、心おくしてそれも果さず、その未明、彼は自首した。併しルネは死んではいなかった。意外の軽傷 で警官にひかれたピエールと共に検事が病院に訪ねて来た時、ルネは合意の心中であったと証言したピエールは未決監に入れられ、ルネはいくばくもなく全快し た。ルネは北ホテルに来て主人夫妻に礼をのべ、行く処もないので、すすめられるままに女中として住み込んだ。泊り客、食堂の常連のたれ彼が美しいルネを口 説いたり、からかったりする中で、そんな気振を見せないエドモンこそ実はルネに最も心引かれたまである。ピエールに射たれた時、ルネを病院に運んだ四十が らみの男が彼であった。ルネが女中に住み込むと、エドモンは情婦のレイモンドと手を切った。浮気な男殺しのレイモンドにいや気がさしたのであろう併し彼は ルネを口説こうともしなかった。口説いたのはルネであった。刑務所に面会に行くと自分に対する恥と怒からピエールが別れるといったので、ルネはどこかへ 行ってしまいたい気持になったのである。ルネはエドモンが昔の仲間につけ狙われていることを知った。それでエドモンにどこかへ逃げようと持ちかけたのであ る。二人は手を携えてマルセイユの港まで行った。併し未練のあったルネは男にだまって北ホテルへとって返した。そして再びピエールに会った。こん度は彼も ルネの愛と心尽しを拒むことは出来なかった。彼は二人で更生の道を歩もうと約束した。折しも七月十四日、パリ全市は国際を祝って、音楽と花火の音にわき 返った。北ホテルの前の通は踊る人々で埋まった。酒と菓子を運ぶのに忙しいルネに会いに来たのはエドモンであった。ピエールが明朝釈放されると聞くと彼は さようならといった。彼をねらっているナザレトが待っている北ホテルの一室へエドモンは入った。銃声と花火と音楽に消えたとも知らず早朝迎えに来たピエー ルと手を取り合ってルネは北ホテルを去った。
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