あらすじ
本作のとりあえずの原作は、19世紀の文豪ギ・ド・モーパッサンの短編小説『ポールの恋人』(1881年)と『合図』(1886年)である。まるでいっしょに脚本を執筆したようにクレジットするのが、ゴダール式である。「15の明白な真実 15 faits précis」と副題された通りの15のエピソードで、1965年冬のパリの若者の姿をダイレクトに捉える。
映画製作会社「アルゴス・フィルム」を率いる映画プロデューサーのアナトール・ドーマンは、アラン・レネ監督の『二十四時間の情事』(1959年)のヒットを持ち、人類学者で映画監督のジャン・ルーシュとおなじく社会学者のエドガール・モランの共同監督作『ある夏の記録』(1961年)や、ゴダールの『アルファヴィル』(1965年)に多くの啓示を与えたクリス・マルケル監督の『ラ・ジュテ』(1962年)といった作品を手がけたドキュメンタリー/実験映画畑のプロデューサーであった。ゴダールとは本作が初の顔合わせであったが、シネマ・ヴェリテの手法をとりたかったゴダールにはうってつけの人物であった。
さらに助監督として、1918年生まれでゴダールにとっての大先輩である、撮影当時47歳のジャック・バラティエ監督が本作をアシストした。のちに長編ドキュメンタリー映画『想い出のサンジェルマン』(1967年)として結実する、短編ドキュメンタリー映画『Désordre(無秩序)』(1949年)を撮った経験と手腕が必要だったからだ。バラティエは本作が撮影に入る1965年、『女と男のいる舗道』(1962年)の助監督だったベルナール・トゥブラン=ミシェルと共同監督で『L'Or du duc(公爵の黄金)』を撮ったばかりで、同作の20歳違いの監督ふたりが、豪華すぎる助監督として『男性・女性』の演出まわりを固めた。
これまで『アルファヴィル』や『気狂いピエロ』に脇役として出演し、助監督も兼務していたジャン=ピエール・レオが初めて主演した。1965年の撮影開始当初21歳であったレオは、ヌーヴェルヴァーグとセーヌ左岸文化の喧騒のなかで育った青年として、この役柄にぴったりであった。ショウビズの世界に生きる当時19歳の少女シャンタル・ゴヤも好一対であった。『勝手にしやがれ』(1959年)以来手がけてきた劇映画よりも、フランソワ・トリュフォーが『大人は判ってくれない』でレオにインタビューしてみせたようなシネマ・ヴェリテの手法をとり、ゴダールは初めて自分よりも15歳前後若い世代の生き方、考え方、文化に迫ることができた。
本作はスウェーデンとフランスの合作で、若者の文化と意識の問題を扱うのに、スウェーデン映画界の協力は必須であった。戦前からのスウェーデン映画を支えたスヴェンスク・フィルムインドゥストリ社とサンドリュース社は、当時、性先進国としていわゆる「スウェーデン・ポルノ」も製作していた。ゴダールとアンナ・カリーナが1964年に設立した製作会社「アヌーシュカ・フィルム」にとっての第3作であり、初めての合作映画であった。また「アヌーシュカ・フィルム」社は、ジャン・ユスターシュ監督に本作『男性・女性』の未使用フィルムを提供し、中篇映画『サンタクロースの眼は青い』(1966年)を製作した。一種のスピンアウト作である。
カメオ出演がいつにもましてゴージャスで、フランソワーズ・アルディ、ブリジット・バルドーはよく知られているが、バルドーといっしょにカフェにいる男役には、新婚早々のゴダールとカリーナがとともに映画内映画出演しているアニエス・ヴァルダ監督の『5時から7時までのクレオ』(1961年)のクレオの相手役アントワーヌ・ブルセイエ。地下鉄の中の女役に『はなればなれに』(1964年)のクロード・ブラッスールの叔母役シャンタル・ダルジェ、いっしょにいる男役にモーリタニア系フランス人映画監督のメド・オンド。のちにそろってクロード・シャブロル監督の『女鹿』(1968年)に出ることになるドミニク・ザルディとアンリ・アタルや、本作で俳優デビューし『メイド・インUSA』(1966年)や『ウイークエンド』(1967年)と立て続けにゴダール作品に出演することになるイヴ・アフォンソが出演している。またスウェーデン映画の中の女は歌手のエヴァ=ブリット・ストランドベルイ、『われらの恋に雨が降る』(1946年)に主演したイングマール・ベルイマン組の常連俳優ビルイェル・マルムステーンが起用されている。
撮影監督のウィリー・クーランはベルギー生まれのカメラマンで、ゴダールとはこれが最初で最後の作品となるだろう。彼は本作に入る直前、マラン・カルミッツの映画監督時代の初期短編をいくつも手がけていた。カルミッツは『5時から7時までのクレオ』でトゥブラン=ミシェルとともに助監督をつとめていたので、撮影現場で出演者のゴダールとすでに顔をあわせている。カルミッツといえば、奇しくも1979年ゴダールの商業映画への復帰を果たした『勝手に逃げろ/人生』の製作総指揮を執った、のちのMK2グループの総帥である。しかしカルミッツも『勝手に逃げろ/人生』一作で、ゴダールとは最初で最後の作品となるだろう。
ここで抱いた若い世代への興味が、翌1967年のマオイストでシネフィルの青年ジャン=ピエール・ゴラン(当時24歳)との出逢いを生み、そして『中国女』(1967年)や『たのしい知識』(1968年)などの若い世代だけのための映画へと発展し、さらには毛沢東主義への思想傾倒へ、シネマ・ヴェリテを旨とした映像製作グループ「ジガ・ヴェルトフ集団」(1968年 - 1972年)の結成へと、たった2年の間にゴダールをなだれ込ませていく。
Source : Wikipedia
クレジット
監督 (1)
俳優 (16)
映画製作・配給会社 (4)
- 製作代表 : Argos Films, Anouchka Films
- Foreign production companies : SF Studios (Sweden), Sandrews
- Film exports/foreign sales : Tamasa Distribution
- フランス国内配給 : NEF Diffusion
クレジットタイトル詳細 (10)
- 製作代表 : Anatole Dauman
- シナリオライター : Jean-Luc Godard
- フォトディレクター : Willy Kurant
- 作曲家 : Jean-Jacques Debout
- Assistant directors : Jacques Henri Barratier, Bernard Toublanc-Michel
- Editors : Agnés Guillemot, Marguerite Houllé-Renoir
- 録音技師 : René Levert
- 原作者 : Guy de Maupassant
- 製作部長 : Philippe Dussart
- 報道担当(映画) : Christine Brierre
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技術面詳細
- タイプ : 長編映画
- ジャンル : フィクション
- サブジャンル : ドラマ, ロマンス
- テーマ : バイオレンス, 殺人, 自殺, 戦争
- 言語 : フランス語, スウェーデン語, 英語
- 出身 : フランス, スウェーデン
- Original French-language productions : はい
- 製作国 : 大部分フランス (フランス, スウェーデン)
- 製作年 : 1966
- フランス公開 : 22/03/1966
- 上映時間 : 1 時間 50 分
- 経過状況 : 公開済み
- ニュメロ·デ Visa : 30447
- CNC助成 : はい
- 生産のフォーマット : 35ミリ
- カラータイプ : 白黒
- 画面セット : 1.37
- Audio format : モノラル
興行収入・公開作品
ニュース&アワード
映画祭でのセレクション (2)
受賞 (1)
About
本作は、フランスのヌーヴェルヴァーグのイコン、ジャン=ピエール・レオを、ロマンティックな若い理想主義者で、売り出し中のポップ・スター、シャンタル・ゴヤ(イエイエガールのマドレーヌ役)を追っかける文字通り「ライオン・ワナビー」[1]な役どころ(ポール役)にキャスティングしている。明らかに違う音楽性(ポールはバッハマニア)と政治学習(ポールはコミュニスト、マドレーヌは無関心)にもかかわらず、ふたりはすぐにロマンティックな間柄になり、マドレーヌのふたりのルームメイト、カトリーヌ(カトリーヌ=イザベル・デュポール)とエリザベート(マルレーヌ・ジョベール)と4人で同居することになる。
表面上はギ・ド・モーパッサンの2つの作品に基づいているが、ゴダールはぶっつけ本番のルポルタージュと「演出(Mise en scène)」を混ぜ合わせ、若さと性(フランスでは、18歳未満には禁じられた。「真の観客と考えていたのに」とゴダールはぼやいた。そのときベルリン国際映画祭は「若者のためのベストフィルム」と名づけた)の著しく正直な肖像をつくりだそうとした。ゴダールのカメラは、愛とセックスと政治についての一連のシネマ・ヴェリテ・スタイル(vérité-style )のインタビューにおいて、若い俳優たちを深く探った。
ゴダールの絶頂期のほかのどの作品よりも、『男性・女性』は、1960年代のフランスとパリのタイムカプセルであり、シャルル・ド・ゴールやアンドレ・マルローからジェームズ・ボンドやボブ・ディランまでのリファレンスをもっており、そして、これが真のゴダール式なのだが、冗談としゃれと不合理な推論に溢れ、一見無関係な事件によって繰り返し中断される物語 - 女が夫を射殺する、リロイ・ジョーンズの『ダッチマン』から置き換えられたシーン、ビストロでの芝居の一行のくだりをリハーサルするブリジット・バルドー、スウェーデンの映画内セックス絶頂アートフィルムとともに画面上でモノが熱くなったちょうどそのとき離れて大股で歩くレオ、外に出て映写室につづく外階段を登り、そこで彼は縦横比についての講義をし、ピンボール・アーケードでは武装した凶悪犯がレオに生死の選択を迫り、第三の選択肢に観客を驚かせ、壁に反戦スローガンをスプレーで書き、そしてさらにつづく。
本作からのもっとも有名な引用句は、実際に章間にインサートされたタイトルにあるこのひと言である。「この映画は『マルクスとコカコーラの子どもたち』と呼ばれたい」。
Source : Wikipedia