“真実”と“真実らしさ”とはいつも裏と表をなしていて、それを見分るのはむずかしい。ひょっとすると、真実らしく見せかけたものの中にこそ本物の真実は あるのかも知れない。映画がちょうどそれにあたる。今、パリで新作を作っている撮影所の内幕が何よりも良きその見本とはいえまいか--。その映画の監督の 名はフェラン(F・トリュフォー)。主演スターは、若手のアルフォンス(J・P・レオ)とベテランの俳優で映画の中では彼の父親役をやっているアレキサン ドル(J・P・オーモン)、その妻に扮するセブリーヌ(V・コルテーゼ)そしてヒロインを演じるジュリー(J・ビセット)。ジュリーの夫ネルソン(D・ マーカム)は医者だ。二年ほど前、彼女が神経衰弱になったときその治療に当たったのが彼で、それがロマンスのきっかけとなった。一方、アルフォンスは、こ の撮影隊の見習いスクリプト・ガールのリリアーヌ(ダニ)に夢中だった。結婚を申し込んで彼女も承知してはくれたのだけれど、相変わらず男に取りまかれて いて、お陰でアルフォンスは嫉妬に悩まされっぱなしだった。また、アレキサンドルはゴシップをとても警戒していて、私生活はいっさい極秘にしているが、空 港に恋人を迎えにいってイライラしていれば誰にだって目立ってしまう。しかもその恋人というのが若いブロンド男ときては……。このほかにも撮影中にはまだ いろいろと驚くべきことが起こっている。せっかく撮ったフィルムが現像所のミスで台なしになったり、女秘書役で出演の女優(A・スチュワルト)が大きなお 腹をしてわざわざ水着で現われたりしてたちまち妊娠中とバレてしまったりで、監督のフェランはこれらの大混乱を何とか取り仕切ろうと必死だが、その彼にし てからが、いつもセットの片隅で編物をしている女の意味ありげな視線にあてられっぱなし。製作助手を夫にもつこの女は、映画界じゃあ誰でもが誰とでも気や すく寝るものと信じ込んでいて、貞操観念0に近いが、そのくせ自分は人一倍ヤキモチやきときているから仕末におえない。アレキサンドルとジュリーも、撮影 が白熱化するとともに、キャメラの前で演じる恋を実生活の中にまでもち込んでしまって、どうやら一時は本物とお芝居の区別がつかなくなったらしい有様。危 険な車の暴走シーンを撮るため、イギリス人のスタントマンが雇われてきたのもその頃のことで彼の男性美にリリアーヌはたちまちゾッコン。アルフォンスは あっさりとふられるはめとなった。監督の説明によれば、車の衝突シーンは“アメリカの夜”に撮影するという。撮るのは昼間だが、キャメラのレンズにフィル ターをかけると出来上がりが夜に見える。本当の夜よりもよっぽど本物らしく見える。これを“アメリカの夜”と呼ぶのだそうな。アルフォンスが主役をおりる と言い出したのはちょうどこの頃だった。愛するリリアーヌが今度は大道具係と草むらの蔭でイチャイチャしているのを見てしまったからだ。そんな、彼の子供 じみたわがままを思いとどまらせたのは、何とジュリーだった。気がついたら彼女はアルフォンスの腕の中にいて、二人はその夜、彼のベッドで一夜を共にし た。ジュリーが翌朝、夫との別離を決意したのはその夜のアルフォンスとの体験が強烈だったからであろう。ところが、別居声明発表の直前、彼女はまたまた昔 の病気がぶり返して神経がおかしくなり、はるばる夫のネルソン博士がとんできて、離婚声明などどこへやら。もっと、ドラマチックな事件がその直後に起こっ た。アレキサンドルが自動車事故で死んだのだ。一緒に乗っていた金髪の少年も重傷を負った。幸いアルフォンスが背後から父親を殺す一シーンを除いてアレキ サンドルの出演シーンは全部終わっていた。どうせ背中を見せるだけだからと、さっそく代役を起用して、無事撮影は終了した。撮影隊が解散するときがきた。 ジュリーは夫と一緒に飛行機で帰っていった。アルフォンスは日本でロケされる新作の出演をOKした。TVレポーターがやってきて大道具係にマイクを向け た。“撮影中に何か困難な問題は起きませんでしたか?”という質問だ。大道具係は微笑を浮かべてそれに答えた。“なにもかもうまくいったよ。我々がこの映 画を楽しんで作ったように、お客さんもこの映画を楽しんで見てくれれば、それでもう何もいうことはない……”と。
Source : movie.goo.ne.jp