『 Gentille / 優しい女性 』ソフィー・フィリエール( Sophie Fillières )監督インタビュー。
嬉しいはずの恋人からのプロポーズ。でも、なぜか心が躍らない―。そんな女性の心理を、知的な会話とコミカルなエピソードの積み重ねによって浮かび上がらせていく、陽気なコメディ『優しい女』。ロンドン、トロントなど、国際映画祭で高い評価を受けた本作で、脚本、監督を務めたソフィー・フィリエールに自作について語ってもらった。
Q:物語のアイディアはどこから生まれたのですか?
A:女性のポートレートを撮りたいと、ずっと思っていたんです。その時には、コメディにしたいと。ただし、笑いがありながら、約束、愛、精神世界などを盛り込んだ深い意味合いも持たせたいというのが希望でした。本作は、初めにコミカルなエピソードを思いつきました。カップル同士が交わす意味の無い言葉のやりとりなどです。その後に、女性がプロポーズされるという設定をおもいつき、返事をするまでの3~4日の心の動きを描こうというところに落ち着いたのです。
Q:主人公フォンテーヌについての細かい設定は、どう決めていったのでしょうか? モデルはいるのでしょうか?
A:フォンテーヌというキャラクターの好きな部分は、自分の人生のヒロインを演じている点。不思議ですが、脚本を書き始めたときから、彼女には自然とパーソナリティが備わっていたのです。
Q:監督を目指したきっかけは?
A:もともとパリのフランス国立映像映画音響学院( La fémis )の監督部門で学びましたので、監督になるというのは昔からの目標でした。その後、他の監督から脚本の依頼があったので、脚本家としても活動していましたが。監督になろうと思うきっかけを作ったのは、ジャン=リュック・ゴダールの『勝
手に逃げろ/人生』という作品。16歳の時に母に連れられて観たものです。終演後映画館を出たときに、これが監督という仕事なんだ、これが監督の役割なんだとしみじみ感動しましたね。それ以来、監督を目指していたのですが、実際にデビューしたのは、22歳のとき、FEMIS在学中のことです。その後、やはり在学中に、長編に移行するきっかけとなった作品『Des filles et chiens』を作り、ジャン・ヴィゴ賞とジェルヴェ賞をいただきました。
Q:今回、エマニュエル・ドゥヴォス( Emmanuelle Devos )、ランベール・ウィルソン( Lambert Wilson )、ブリュノ・トデスキーニ( Bruno Todeschini )という国際的に名の知られた実力派たちを起用していますが、監督から見たそれぞれの魅力を教えてください。
A:エマニュエルは、脚本を書き始めたときから念頭においていました。彼女の話し方、しぐさ、目つきなどは特別で、彼女ならではの特徴を作っています。そんな彼女ですから、最初から「この役はぜひエマニュエルに」という思いを持って、フォンテーヌという人物を作り上げました。出演依頼をしたところ、シナリオを気に入ってくれて、すぐに出演を決めてくれました。ランベールについては、今回起用するつもりはありませんでした。ただ、素晴らしい俳優なので、いつか一緒に仕事をしたいと考えてはいましたが。ですから、今回も特に彼にはこの役と決めてお願いしたわけではなく、“病める医師”と“将来の夫”という役があるけれど、どちらがいいかと聞いたところ、すぐに“病める医師”がいいと返答があったので、その役を演じてもらいました。ブリュノもとても素晴らしい才能の持ち主だと思います。起用の理由となった彼の出演作は2本あります。ひとつは、アルノー・デプレシャン( Arnaud Desplechin )監督の『La Sentinelle /魂を救え 』。ここでの彼はミステリアスで不透明で、何ともいえない味を見せてくれました。もうひとつは、パトリス・シェロー( Patrice Chéreau )監督の『 ソン・フレール 兄との約束 』。ここでは熟練した俳優の技と魅力を感じましたね。
Q:3人ともシリアスな演技が印象深い俳優ですが、今回のような日常的で陽気なドラマに彼らを起用するにあたって、期待していたこと、狙っていた効果などはありましたか?
A:この映画で私が一番表現したかったテーマは、ノーマルとアブノーマルの境界線です。それは非常にあいまいで、超えることも簡単なもの。例えば、フォンテーヌは麻酔医というまじめな職業に就きながらも、ちょっとおかしな行動もとります。そこが彼女の持つ二面性です。ランベールが演じた役も、医師でありながら病んでいて、相反する二つの顔を持っています。そこを上手く表すために、彼らのような俳優が必要でした。それとは別に、愛が通る特別な道やプロセスについても表現したいと思っていました。特に、ランベールがフォンテーヌに示す愛と、その愛がある場所にいきつくまでの過程、それも表現したいと思っていましたので、演技力のある俳優を起用しました。
Q:この作品では、ヒロインであるフォンテーヌはプロポーズにとまどい、恋人である男性の方が結婚を強く希望しています。これはフランスのカップル事情を反映させたものなのでしょうか?
A:フランスの一般的なカップル事情についてはわかりませんが、これだけは言えると思います。現在、フランスでは結婚の大切さを見直そうという動きがあります。一世代前ぐらいには、親に反抗して結婚という形式をとらないというのが主流でした。ところが、私やちょっと若い世代になると、親が68年の五月革命などを経験していたりして、結婚していないというのも珍しくありません。ですから、反抗というわけではないでしょうが、かえって結婚の大事さを感じ始めているのかもしれません。それから、フランスでは今でも男性が女性にプロポーズをするというのが一般的。ただ、女性がまともに取り合わないというケースもあったりします。女性の方が結婚による束縛への不安を強く持っているようです。男性の方が結婚に対する不安感を持っていないのかもしれませんね。
Q:タイトルに込めた思いとは?
A:フランス語で“gentille”(優しい、優しい人)というのは、いい意味で使われないことも多くなってきています。“優しい女”というと、尊敬をこめてというよりも、ちょっと軽蔑したような意味合いが含まれることもあります。そんな言葉をタイトルにすることによって、少し価値の下がったような“優しい”という言葉の重要性、力などを再認識したかったんです。優しいというのは良い性質、認められるべき素晴らしいものですから。また、英語では動物、特に犬などに、よしよしという意味で、“good girl”“good boy”と声をかけたりしますが、それと同じように、フランスでは“gentille, gentille”と言ったりします。この言葉が持つ、そんなもともとの良さを確認してもらえたら嬉しいです。
French Film Festival in Japan - 2006 / 日本
(インタビュー・構成:牧口じゅん)